ペットを看取るということ。

こんにちは

エーシン茅野店ねこと暮らす家スタッフの藤森です。

今日はペットの死について書かせていただきます。

楽しいお話ではありません。ご了承ください。

 

 

 

11月のはじめに私の飼い猫のサクラがなくなりました。

タイトルに「看取る」と書きましたが、

私はサクラを看取ることが出来ませんでした。

 

 

我が家には3匹の猫がいて、その中でもサクラは

長毛種でよく「きれいな猫だね」と声を掛けられる猫で

オスなのに、臆病でヘタレで甘ったれでそのわりに人懐っこくて

私はなんとなくサクラが一番長生きをすると思っていました。

他の2匹がいなくなってしまっても、サクラだけは長く長くいきて

私のそばにいると漠然とおもっていました。

 

そんなサクラが少し前から具合が悪なり、

動物病院で手術・入院していましたが、

先生から直る見込みがないとの話がありました。

見込みがないならと、家に引き取ってきたものの

心のどこかで、家にもどったら安心して食欲もでてきて

案外元気になるんじゃないかな?そう思っていました。

闘病が何日も何週間もつづくと思っていた私は、先生に世話の仕方を教わり、

ペットシートやねこ用ミルクを買い込んで看病に備えました。

でも、

家につれて帰った数日後、仕事を終えて自宅に帰ると息を引き取り冷たくなっていました。

ゲージを嫌がって、なんとか脱出を図ろうとした様子が見て取れたなくなり方でした。

辛かっただろう、苦しかっただろう、

最期のときを安らかに迎えさせてあげられなかった。

最期のときにそばについていてあげられなかった。

最期のときになんでこんな苦しい思いをさせてしまったのだろう・・。

ゲージなんて入れなきゃ良かった。

部屋中自由にさせておいてあげればよかった。

時々様子をみに来てくれるよう家族に頼んでおけばよかった。

いっそ会社を休んで付き添ってあげればよかった。

いくつもの後悔が浮かんでは消え、浮かんでは消え

何をしていてもふと後悔がわきたち、気持ちが沈みこむ日が続きました。

ペットをなくすというのはこんなにも切ないものなのかと

あらためて思い知りました。

きっと、どれだけ看病しても、どんな看取り方をしても

何かしらの後悔が残っただろうと思います。

 

 

 

それでも、日常を過ごし時間が経つにつれ

胸の奥につまっていた苦しい気持ちが少しずつ小さくなってきました。

1ヶ月前を思い出し「ああ、あれがペットロスだったのかしら?」と

思うようになりました。

サクラの写真を眺めて「ヘタレな子だったなあ」と思ったり・・

まだちょっと動画は見られませんが・・。

 

今は、家にいる2匹、「うめお」と「ののこ」に

サクラの分まで気持ちを向けるようにしています。

この2匹も10歳をこえていますから、そう遠くない将来看取る日がくると思います。

どんな最期を迎えるのか、何を思うのか、まだわかりません。

それでも、サクラの死に感じた後悔を繰り返さないよう

出来ることをしていきたい。そう思っています。

 

この経験を仕事にいかして・・と終わりたいところですが、

正直なところまだそこまで気持ちが整理できていません・・・。

もう少し、気持ちが落ち着いたら

転んでもただでは起きない藤森らしく

何かしらを得て、いかしていきたいと思います。。。

 

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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